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Saturday, March 19, 2022

怖さが増す出雲弁に翻訳された怪談「雪女」 - 産経ニュース

小泉八雲と妻のセツ(小泉八雲記念館提供)
小泉八雲と妻のセツ(小泉八雲記念館提供)

怪談「雪女」を出雲弁にしたら-。きっかけは松江市の古書店に集う常連客の思い付きだった。明治期の作家、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン、1850~1904年)の小説「怪談」の一編「雪女」を、もし松江生まれの妻、セツ(1868~1932年)が出雲弁で八雲に語っていたらどうなるのか。こんな仮説をもとに昨年、「雪女」を出雲弁に訳した本「出雲弁で『雪女』」が出版された。この本は、視覚障害者向けに本を読み上げ、音声として収録する「音訳」化も目指されている。八雲を恐怖で青ざめさせたであろうその語りは、どのような響きを持っているのだろうか。

多彩なアプローチ

「出雲弁で『雪女』」はA5判59ページで700円。右ページには出雲弁でつづられた物語、左ページには出雲弁の注釈が記されている。

「出雲弁で『雪女』」の冒頭部分はこうだ。

武蔵の国の何(なん)だいいう村に、茂作(もさく)、巳之吉(みのきち)という二人の樵(きこお)が居(お)った。こーから話すことがあったときには、茂作はもうおじじで、そのさんとこで世話んなっちょった巳之吉は、まんだ十八だったげな-。

きっかけは、平成29年11月、NHK松江放送局のチーフディレクターだった板倉和夫さん(56)が、通っていた松江市の古書店、冬營舎(とうえいしゃ)の常連たちに呼びかけたことだった。

島根県出雲市出身の板倉さんは、異動により就職後初めて島根勤務となり、セツが松江の人だと知った。怪談はセツが語った話をもとに八雲が書き上げた物語で、「セツは八雲に出雲弁で怪談を語ったのかもしれない」と、雪女の訳を思いつき、地元の人たちに協力を求めた。

月に1回、小さな古書店に多いときには10人ほどが集まり、八雲が英語で書いた原典と日本語版を手に、一文一文、出雲弁ならどう表現するかを検討していった。出雲弁話者から、出雲弁がわからない人、英語が堪能な人や民俗学を専門にする大学の名誉教授らさまざまな職業の老若男女が参加。解釈でも多彩なアプローチが可能となった。

松江市の古書店、冬營舎の店頭に並ぶ「出雲弁で『雪女』」
松江市の古書店、冬營舎の店頭に並ぶ「出雲弁で『雪女』」

「ささやく」は「細せ声」

雪女は短い物語だが、全文を出雲弁に訳するのには、約2年かかった。物語に使われる言葉で、出雲弁にはぴったりと対応するフレーズがないといったケースもあったからだ。

例えば、「怒鳴る、叫ぶ」という単語は、出雲弁に該当する言葉がなく「おっきゃん声(大きな声)」と訳した。参加者の一人は「出雲地方の人は感情をあまり外に出さないので、言葉が必要なかったのでしょう。言葉は、その土地の生活に根ざしたものだということが改めてわかりました」という。

また、雪女が後の夫となる巳之吉にささやく場面では、八雲は英語で「whisper」と表現しているが、これも出雲弁がなく「細(ほ)せ声」と置き換えた。「細せ」とは出雲弁で小さいという意味でも使われる。このような短い言葉でも参加者たちは、知恵を絞りながら翻訳作業を進めていく必要があった。

ひとくくりに出雲弁といっても、松江と出雲では微妙に違いがあり、年代や性別によっても言葉は変わってくる。板倉さんは「一人に一つの出雲弁がある」と表現し、その多様な出雲弁の中でも、できるだけ松江の藩士の娘であるセツが語ったであろう出雲弁に近づけることを心がけた。約2年間で参加者は入れ替わりで約30人に上り、さらに板倉さんが細かな注釈を付けて昨年9月に出版にこぎつけた。

「出雲弁で『雪女』」を読む金森伸子さん=松江市
「出雲弁で『雪女』」を読む金森伸子さん=松江市

視覚障害者へ音訳

しかし、昨年11月、板倉さんは再び異動で県外へ。そこで、参加者の一人で視覚障害者向けの音訳ボランティアをする金森伸子さん(66)=松江市=が、「せっかくだから本を朗読したものを餞別(せんべつ)に贈ろう」と、録音データを作った。また、この録音をもとに、今夏に正式な視覚障害者向け音訳に着手。校正作業などを経て年内にも完成する見込みだ。完成すれば、視覚障害者情報総合ネットワーク「サピエ」を通して全国の視覚障害者が利用できる。

音訳は、一般的な朗読とは異なり、視覚障害者が理解しやすい、表記に忠実な読み上げが求められる。松江出身の金森さんだが、「出雲弁で『雪女』」の音訳も独特の響きを持つ出雲弁を強調するわけではなく、表記に沿った読み上げをしている。

社会福祉法人「島根ライトハウス」ライトハウスライブラリー(松江市)がデータアップを担当する。副施設長、田中康太郎さんは「島根にゆかりのある本を、担当できてよかった。ぜひ、地元の方にも、県外の方にもリクエストしてほしい」と話す。

板倉さんも言う。「視覚障害者の方にわれわれの取り組みが届くことは、うれしい」。今後は、朗読や劇などでも「出雲弁で『雪女』」が広がっていってほしいと願っている。(藤原由梨)

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