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Sunday, February 28, 2021

『ノマドランド』が問う、生きるということは何か。 - VOGUE JAPAN

大反響を呼んだノンフィクション書籍の映画化。

フランシス・マクドーマンド演じる主人公のファーンは夫に先立たれ、住んでいた炭鉱町までもが完全に閉鎖になり人生の全てを失うが、ノマドたちとの出会いを通じて新しい人生を見つけてゆく。

© 2020 20th Century Studios. All rights reserved.

『ノマドランド』で主人公ファーンを演じたフランシス・マクドーマンドアカデミー賞受賞は早くも有力と言われ、これで受賞すれば6度目のノミネートで3度目の受賞となるだろう。そして本作で監督と脚本を務め、既にベネチア映画祭金獅子賞、トロント映画祭観客賞を手にしたクロエ・ジャオも、本年度の映画賞のノミネートを総ナメ、ハリウッドで今最も注目される映画人となった。そしてゴールデン・グローブ賞でジャオ監督は、ドラマ部門の作品賞と監督賞を受賞した初のアジア系女性プロデューサーという快挙を成し遂げた。

ノマドとは定住をしない遊牧民を指すが、その歴史は石器時代以前より古く、有史以降のノマドたちは馬やラクダを使って移動するようになる。そして昨今アメリカで定住をせず、RV車で各地を転々とする人々が注目され始め、Vandweller(ヴァンを住居にする人)、“現代のノマド”と呼ばれるようになった。特に“現代のノマド”というスマートな響きは、車上生活者たちに新しい価値観を与えた。しかしこの映画の原作でもある『ノマド:漂流する高齢労働者たち』にあるように、ノマドは単なる新しいライフスタイルというよりは社会問題でもある。

ファーンが移動する家として使ったのは、マクドーマンドが“ヴァンガード(先駆者)”と名付けたフォードエコライン。

© 2020 20th Century Studios All Rights Reserved.

主人公ファーンは、ネバダ州エンパイアという名前「だった」土地に夫と暮らしていた。しかし、典型的な企業城下町で石膏採掘とその加工工場が不況で閉鎖されると、町まで閉鎖されてしまい、その土地の郵便番号まで消滅した(こんなことってある!?)。夫は死亡し、仕事も家も失くしたファーンは家財を売り払い、ボロボロのキャンピングカーで生活しながら、短期労働で食いつなぐ車上生活者=ノマドになった。

……と書くととんでもない哀れで悲しいストーリーに思えるが、やはり実際にそうだ。何年か前に女優テリー・ハッチャーが、一時ヴァンで生活していることをパパラッチされ、「破産してホームレスになった」とニュースになった。実際は自分のYouTubeでの企画だったことが判明したが、世間の目は厳しい。ファーンは店でたまたま出会った昔の隣人から優しい言葉をかけられるが、その娘には「ママはあなたがホームレスになったって言ってたけど、本当?」と聞かれる。純真な気持ちだからこその残酷な質問。ファーンは「私はホームレスじゃないわ。ただ家がない(ハウスレス)だけよ。同じじゃないでしょ?」とまっすぐに答える。

作品にリアリティを持たせた、本物のノマドたち。

ボブ・ウェルズ(中央)はこの12年間、キャンプと車上生活を実際に送っている。

© 2020 20th Century Studios All Rights Reserved.

ファーン以外の出演者は、デイブ役のデヴィッド・ストラザーンら数人をのぞいてプロの俳優ではなく、実際のノマドたちだ。皆、高齢で何年もノマド生活をしており、前述の原作本の中でも同じ人物が取り上げられている。ノマド界の長(おさ)として登場するサンタクロースのようなボブ・ウェルズも実際に2005年から始めた車上生活をウェブサイトで提唱するようになって有名になり、今ではYouTubeで47万人のフォロワーがいる本物のノマド界のセレブだ。

ファーンの友人リンダやスワンキー、アマゾン配送センターでの同僚も皆、車上生活者で俳優ではない素人。彼らの語る体験談を聞いていると本当にディスカバリーチャンネルのドキュメンタリーかリアリテイ番組を見ているようにさえ思う。悲し過ぎてこの状態が自分の知り合いに起こったらどうしようと、もはや精神的なホラーにさえ感じてしまう。

オスカー女優が惚れ込んだ新鋭監督、クロエ・ジャオ。

コロナ禍の昨年9月、テルライド映画祭で『ノマドランド』のプレミアがドライブイン形式で行われた。左からフランシス・マクドーマンド、クロエ・ジャオ、スワンキー、リンダ・メイ。Photo: Amy Sussman/Getty Images

しかしこの悲しすぎる材料を完全に凌駕し、絶賛されるに値する傑作にしたのが、北京出身の女性監督クロエ・ジャオの織りなす映像美と構成、そしてフランシス・マクドーマンドの演技力だ。リンダやスワンキーと同じく、ファーンがファーンとして登場しているような一体感を醸し出したかと思えば、後半部分でファーンの心理状態を少ないセリフで表現するフランシス・マクドーマンドの演技に、観客の心は揺さぶられる。

そしてクロエ・ジャオ。5年前の33歳の時に、まだNYUのTisch在学中に製作した初監督作品『Songs My Brothers Taught Me(原題)』(2015)がサンダンス映画祭やカンヌ映画祭で高く評価され、2年後の2017年に監督した『ザ・ライダー』では主人公は本人もロデオで大怪我したリアルのカウボーイを起用し、落馬事故に遭いその後遺症でロデオを諦めざるを得ない若者の苦悩と克服を静かに描く。『ノマドランド』でのネオ・ドキュメンタリー的な手法と詩的な映像美の融合という新しいジャンルは、このたった2本目の『ザ・ライダー』ですでに完成していたと言えよう。

「ファーンの進化は大自然の中で起きます。荒野の中、岩山の中、森の中、星空の下、ハリーケーンの中──こうした自然の中に身を置くことで、ファーンは独り立ちしていく」とジャオは語る。Photo: Fox Searchlight Pictures/Everett Collection/amanaimages

『ザ・ライダー』を見たフランシス・マクドーマンドが惚れ込み、ジャオに『ノマドランド』の監督を依頼したし、もっと言えば『ザ・ライダー』でジャオは、『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)の世界観の続きとなるアンジェリーナ・ジョリーリチャード・マッデン主演のマーベル映画『エターナルズ(原題)』(2021年公開予定)の監督候補の一人に選ばれた。

それを知ってもともとアメコミや日本の漫画ファンだった彼女が自らピッチ(売り込み)をかけたことで、マーベルのケヴィン・ファイギ社長も圧倒されてしまうほどのその斬新で素晴らしい構想に監督起用が決定したという。映画の中でキャラクターが自分の車に名前をつけるエピソードがあるが、撮影中はスタッフと同様に車中生活をしたジャオ監督は愛車を「アキラ」と名付けたという。さらにユニバーサル映画による『ドラキュラ』の監督・脚本・プロデューサーにも抜擢された。ヴェルナー・ヘルツォークやウォン・カーワイの影響を受け、テレンス・マリックやアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの映像美を彷彿とさせる彼女が、どんなマーベル作品を作り上げるのか楽しみだ。

撮影は、2018年9月にサウスダコタのバッドランド国立公園とウォールドラッグのシーンから始まり、6カ月に及んだという。

© 2020 20th Century Studios All Rights Reserved.

アメリカの広大な自然、荒廃したかつて街だった土地、色んな意味で人生が詰んでしまった人たち、様々な悲喜こもごもを美しく全く無駄のないカットと少ないセリフで描いていく。言葉が少ないだけに、生活音や雑音がASMR的な刺激となって脳に響いてくるのも計算済みだろう。夕暮れのRVコミュニティーのRTRのシーンは、一瞬コーチェラ・フェスかバーニング・マンの観客のキャンプ場かと見間違うほど人生を謳歌し、フリースピリッツに溢れた空間を見事に切り取っている。『ノマドランド』で描かれた温かくて悲しく自由な世界は、酷く美しい。

例えば誰かから「D姐、『ノマドランド』って賞レースで凄く話題になっているけど、面白い?」と尋ねられたら、私はこう答えると思う。

「面白いかと言われれば、いい意味で面白くない。だって人生は面白いことばかりじゃないと言ってるような映画でもあるし。だけど絶対に見た方がいいと思う。私は辛すぎて悲し過ぎて、途中で脱落しそうになった。でも最後まで見て本当に良かったと思うよ」と。

『ノマドランド』
監督・脚本/クロエ・ジャオ
出演/フランシス・マクドーマンド、デヴィッド・ストラザーン、リンダ・メイほか
配給/ウォルト・ディズニー・ジャパン
3月26日より全国公開
https://searchlightpictures.jp

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