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Sunday, July 11, 2021

八街児童死傷事故 「非線引き自治体」とは何か? 虫食い開発で基盤整備に遅れ 通学路だけじゃない郊外特有の課題 【急上昇ニュースのウラ】 - 千葉日報

 千葉県八街市で下校中の小学生の列にトラックが突っ込み5人が死傷した事故で、危険な通学路が生まれた背景に市のまちづくりがあることを報じたニュースが話題を集めました。

八街児童死傷事故 背景にバブル期以降のまちづくり 規制緩く、ミニ開発続々 通学路の安全対策追いつかず

 同市は都市計画法の区域区分がされていない、いわゆる「非線引き自治体」だったことから、1980年代のバブル経済期以降に市内のあちこちで宅地のミニ開発が進み、通学路の安全対策が追いつきませんでした。「非線引き自治体」とは聞き慣れない言葉ですが、どのような地域なのでしょうか。調べてみると、同市だけにはとどまらない”郊外”が抱えているさまざまな課題が浮かび上がりました。(デジタル編集部)

 「市内には危険な通学路が多い」。今回の事故を受けて多くの市民が口にした言葉です。事故現場の道路は狭く、歩道やガードレールもありませんでした。

 通学路だけでなく、市民からは幹線道路の拡幅や上下水道などのインフラ整備全般の遅れを指摘する声も上がっています。

 その原因について、「八街市が非線引き自治体であるため」と説明する市関係者は少なくありません。

◆「非線引き」は郊外に多く

 この「線引き」とは何でしょうか。都市計画法における線引きとは、都市計画区域について、市街化を促進する「市街化区域」と、開発を規制する「市街化調整区域」の2通りのエリアに分けること。線引きされた市町村は「線引き自治体」、そうでない市町村は「非線引き自治体」と呼ばれます。

 千葉県都市計画区域図
千葉県都市計画区域図。線引き自治体は緑色、非線引き自治体は黄色の地域。八街市は県中央部のやや北側にあり、非線引き自治体の中でも東京に近い(千葉県ホームページより)

 線引き自治体かそうでないかは法律に基づいて定められますが、千葉県内をざっくり分けると、東京に近い東葛・葛南・千葉・成田の辺りが線引き自治体です(「千葉県都市計画区域図」の緑色の地域)。一方、東京から遠い県東南部には非線引き自治体(黄色の地域)や、都市計画区域に定められていない区域(白い地域)が多くなっています。

 線引きのメリットについて県都市計画課の担当者は「自然環境の保護や、行政コストの抑制につながる」と説明します。

 市街化調整区域を設ければ、豊かな緑や農地を保全し、無秩序な開発を防ぐことができます。一方、市街化区域では、開発を誘導して一定のエリアに人口を集めることができ、上下水道などのインフラの維持コストが効率化される上、生活に必要な施設も集積され住民の利便性向上につながります。

 これに対し、非線引き自治体は開発規制が緩く、基本的にはどこでも住宅が建てられます。

 規制の緩さから開発が広範囲かつ無秩序に行われてしまい、結果的にインフラ整備が行き届かず非効率な街となってしまうことも少なくありません。このような現象は「スプロール現象」と呼ばれます。

 八街市はそのスプロール現象に悩まされた典型的な地域と言えます。

◆農地のあちこちでミニ開発
八街市内の落花生畑
八街市内の落花生畑

 全国屈指の生産量を誇る落花生でも知られる八街市は、古くから農業の盛んな地域。広々とした農地が広がるのどかな田園地帯です。

 その一方、県内の非線引き自治体の中では比較的東京に近い場所に位置しています。千葉駅まで電車で約30分、東京駅まで特急で約1時間と、都心への通勤圏内です。

 規制の緩さとアクセスの良さから、1980年代後半のバブル経済期以降、農地からの転用地で主に中小の宅地開発業者によるミニ開発が活発に行われました。都心の地価高騰で、比較的安価な八街の住宅には注目が集まり、多くの働き盛りの世代が移り住みました。農地が広がる中、小さな住宅地が市内の広範囲に虫食い状に点在しているのが特徴で、市内の空撮写真を見るとその様子がよく分かります。

八街市立朝陽小や事故現場周辺の空中写真(出典・国土地理院、2016年4月撮影)
八街市立朝陽小や事故現場周辺の空中写真(出典・国土地理院、2016年4月撮影)

 ただ、ミニ開発はインフラが整っていないエリアで横行されることも少なくありませんでした。道路や安全な歩道、上下水道、公園といった生活に必要なインフラとともに整備されることの多い大手デベロッパーによる大規模宅地開発とは対照的です。住宅が広範囲に点在してしまったことにより、インフラ整備自体が効率的に行われにくい状況にもなりました。この結果、通学路の安全対策も含めた行政によるインフラ整備が住宅の急増に追いつかなくなり、重い課題として市にのしかかってしまったのです。

 上下水道の普及状況を見ても、無秩序なミニ開発の弊害が分かります。市の上水道普及率は約53%(今年3月末)、下水道普及率は約27%(同)といずれも低水準で、県内の市町村の中でも下位に位置しています。

◆渋滞慢性化、「抜け道」飛ばす車

 2016年にも同じ市立朝陽小の児童が巻き込まれ4人が重軽傷を負う事故がありました。現場は車の交通量の多い国道。児童らは歩道を歩いていましたが、当時はガードレールもなく、運転手の不注意でトラックが児童に突っ込むという惨事が起きてしまいました。

 事故を受けて市は「通学路交通安全プログラム」を策定し、学校に近い交差点の改良を実施するなど、通学路の安全対策を図ってきました。ただ、無秩序な住宅開発の影響で市内には危険な通学路が多い上、財源も限られることから、全てを早期に改良するというわけにはいきませんでした。今回の事故現場も、過去に歩道の設置要望がPTAから出されていましたが、市は「用地買収が必要になる」などとして後回しに。順序を付けて改良を進める中で、今回の事故が起きてしまいました。

 また、北総台地の中央に位置する八街市は県内の東西南北のどこに向かうにも通過することの多い「交通の要衝」。国道409号が市の南北を貫くほか、主要な県道が市内に張り巡らされていますが、狭い道路が多く、渋滞の発生もしばしば。これも、「非線引き」のため市街化調整区域を設けられず、用地買収にかかるお金が高くなってしまったことが背景にあると言われます。バイパスを整備するなど対策は徐々に進んではいますが、改善のスピードは鈍く、慢性的に渋滞する箇所はまだまだ多いのが現状です。

 この結果、今回の事故現場のような細い道路を「抜け道」として飛ばして走る車が次々と現れることにもつながっています。

 慢性的に渋滞する八街十字路
慢性的に渋滞する八街十字路。市内では右折レーンのない交差点が目立つ

◆バブルで農地高騰、「線引き」選ばず

 市では、かつて線引きによる調和の取れたまちづくりの必要について議論されたこともありました。県の了承が得られれば、線引き自治体になることも可能です。しかし結局、その道は選びませんでした。

 ある市議は、こう振り返ります。「私が市議になる前、市制施行(1992年)より前の町の時代に、『線引き自治体になったほうがいいんじゃないか』と言う町の人たちもいた。しかし、町全体としては『非線引きの方がいい』という雰囲気だった」。その理由は、バブル経済で農地が高騰したためといいます。「農業をするよりも畑を売った方がお金になった。線引きされて市街化調整区域になれば、農地が二束三文になってしまう。当時は土地取引が活発に行われていたため、税収も増えて町の財政も潤っていた」

 八街は成田よりも前に国際空港の建設候補地となり、農業者たちが激しく抵抗した歴史も持っています。「国から農地を守る」という意識が地元に残っていたことも、線引きを選ばなかった背景にあるといいます。

 通常、線引き自治体となるのは活発に開発が行われ、人口が増えていている地域。市の人口は少子高齢化や都心回帰などの影響で2006年の7万7千人のピークを境に減少に転じ、現在は6万8千人にまで落ち込んでいます。住宅開発も少なくなっていることから、今ではそのような議論はありません。

◆国や県の対応不可欠

 非線引き自治体はその規制の緩さから、ミニ開発が進められてスプロール現象に陥り、さまざまな課題を抱えてしまった地域が他にも少なくありません。特に東京、大阪、名古屋などの大都市の近郊に多いと言われています。

 その中でも八街市は、都心に比較的アクセスしやすい立地がかえって仇となり、急激な無秩序開発の的になってしまった典型例と言えます。効率的で持続可能な都市とされる、いわゆる「コンパクトシティー」とは対極の環境となってしまったと言えるでしょう。

 「今回の事故で『危険な通学路をなぜ放っておいたのか』と現職の北村新司市長が批判を浴びているが、正直気の毒ではある。非線引きの道を選んだのは、現市政よりももっと昔の話。そのせいで危険な通学路は市内に山ほどあり、全て対応するには莫大なお金と時間がかかる。市政の先輩達が都市計画にもっと関心を持っていてくれれば、今のようにはならなかった」と、前述の市議は吐露します。

 危険な通学路対策も含めて、道路環境などのインフラ全般の改善を訴える八街市民の声は切実です。しかし、人口減が進み税収が先細る中では、市の財政だけではインフラ整備に限界があるのも実情です。スプロール現象によって郊外が背負ってしまった「負の遺産」の解消に向けては、今後、国や県などの上位の行政機関による対応が不可欠となるのではないでしょうか。

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