
「障害」とは何か 「違い」受容する社会を
[2021/03/06 10:00]
私は自ら支援事業を行う傍ら、昨年3月まで障害者就労支援事業所に4年弱勤務していました。そこではたくさんのことを学ばせていただき、皆さまには感謝の気持ちでいっぱいです。
私は障害者福祉に携わる中で、「障害」とは何か、と自問自答を繰り返してきました。法律が示す障害者の定義に「身体障害、知的障害又は、精神障害があるため、継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者」とあります。では、彼らにのみ「障害」があるのでしょうか。
例えば私は視力が弱く、眼鏡等を着用していますが、それらがこの世になければ私も「障害者」になるのかもしれません。他にも、持病を持っていたり、自分の個性や生い立ちにより生きづらさを感じたりと、おそらく、ほとんどの人に大なり小なりそのような「障害」はあると思います。たまたま、この社会では適応できているから障害者に当たらないだけなのかもしれません。
障害者と健常者の間にあるものは「違い」だけです。「違い」は人それぞれにあるもので、決して、どちらがありどちらが欠けている、ましてや、どちらが優れてどちらが劣るものではないと思います。
しかし、障害者と呼ばれる方々はマイノリティー(少数派)であり、このことが社会生活において障害をもたらします。この社会は大多数の方々に配慮された社会(より効率的、効果的に動かすために必要)であり、そのためマイノリティーに配慮が行き届かないため、生きづらさ(=障害)を感じるのです。
しかも、この国では違いを否定的に捉えることも多く、理解されづらいことからしばしば偏見や差別なども起こります。
時代の急激な変化やグローバル化により、価値観、LGBTや出身、家族構成、肌の色、われわれ就職氷河期のような生まれた世代に至るまで、現代ではたくさんの違いがあります。
それらを否定することは、生きづらい社会を助長させることになります。また、違いを忌避すればするほど、違いを見つけては攻撃し、自らは違いを持つことを恐れ、閉鎖的で狭い集団をつくり、発展性のない争いに神経をすり減らすような社会になるのではないでしょうか。
私が彼らと交流してきて感じたことは「豊かさ」です。確かに彼らを理解、配慮することは大変です(彼らはそれ以上に大変に感じていると思います)。ただ、違いが大きいほど、そこには刺激、発見、楽しさがあり、人生が豊かに彩られていくのだと実感します。
私は「違い」を理解し、受け入れるような社会になってほしいと切に願います。彼らとの交流は思いがけない「化学変化」をもたらします。私が体験した「化学変化」を次回紹介します。
自立支援スペース「ワンステップ」代表 中沢充宏 安中市郷原
【略歴】2014年にワンステップを立ち上げ。20年3月まで富岡市の障害者就労移行支援事業所勤務。エミューの研究を経験。元警察官。渋川市出身。東京農業大卒。
2021/03/06掲載
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