井手英策・慶応大学教授インタビュー【2】
2021年2月18日 午前10時00分昨年の自殺者数が、リーマン・ショック後の2009年以来の増加に転じました。しかも女性の数が多かった。新型コロナウイルス禍によって、この国の構造的な問題が改めて可視化されたと捉えるべきです。
アジア通貨危機があった1997年から98年にかけて自殺者が急増した際は、その多くが40~60代の男性でした。妻子がいて住宅ローンのある男性が、仕事を失ったために家族を養えなくなり、絶望したのです。
昨年、女性の自殺者が増えたのは、次の要因が考えられます。97年をピークに世帯所得が減り、女性が家計の足しになるようにと非正規雇用でどんどん外に出て行くようになりました。今では専業主婦世帯の2倍以上が共稼ぎ世帯です。90年代後半からシングルマザーも増加しています。
仕事をなくし、収入がなくなると絶望が待っているのが日本社会です。男性が稼ぐ社会から女性も稼ぐ社会になったけど、自己責任で貯蓄して生きていくという勤労国家の土台は高度経済成長期から変わっていない。だから男性だけでなく、働きに出るようになった女性、そしてシングルマザーとして自分が世帯主になるような女性が自ら命を絶ったのです。
みんな、自分の生活防衛に必死です。「弱者を助けよう」という言い方をすると、大勢の人が「自分もこんなにしんどいのに、構ってなんかいられない」という気分になってしまう。他者に対する優しさや寛容さを社会が失ってしまった。
今、明らかなのは、一部の人ではなく、大勢の人が苦しんでいる厳しい時代だということです。だから弱者を救済するという視点ではなく、全ての人の命や暮らしを保障するという発想に立たないと、危機の時代の政策としては間違った方向に行ってしまいます。そう。弱者の再定義が求められているのです。
もう一度、勤労国家を再生していくアプローチもあるでしょう。ただ、そのためには高度経済成長期の再来が前提となりますが、それは不可能です。
高度経済成長期には毎年平均で約9・3%だった実質GDP成長率が、70~80年代のオイルショックからバブル期には平均約4・3%に下がり、バブル崩壊後は1%を切るまでに落ち込んでいます。アベノミクスの時期を含めて、です。日本だけではありません。先進国全体が2%成長する力を失っています。もう、成長依存型社会ではやっていけないのです。
インバウンド(訪日外国人客)も先進国の経済政策とは言えません。裏返すと日本は発展途上国化しているということです。ニューヨークやパリ、ロンドンを見てください。3万円程度で泊まれる宿を最高級ホテルとは言わない。でも日本では最高級ホテルです。だから、外国人が安いと驚いて泊まりに来る。僕たちが発展途上国で豪遊できると考える発想そのものです。
インバウンドはあくまでもサイドストーリーであって、経済が成長しない社会の中でどうするかを考えないとずるずる後退していく。ではどうするか。今こそ、税と社会保障の議論に正面から向き合う時なのです。
⇒【連載】税・分断から連帯へ 井手英策・慶応大学教授インタビュー
(※第3回以降も近日公開します)
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新型コロナウイルス禍で生活不安に拍車が掛かっている。自分のことで精いっぱいで利他の心を見失いつつある分断社会を、ともに支え合う連帯の社会にどう再生していくべきか。財政学者の井手英策氏(慶応大学経済学部教授)に聞く。
■いで・えいさく 1972年福岡県生まれ。東京大学経済学部卒。東京大学大学院博士課程単位取得退学。横浜国立大学大学院助教授などを経て現職。専門は財政社会学。「経済の時代の終焉」で大佛次郎論壇賞。「幸福の増税論」「欲望の経済を終わらせる」など著書多数。
からの記事と詳細 ( 大勢が苦しい、弱者とは何か再定義が必要だ 低成長の時代 - 福井新聞 )
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