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大地の芸術祭公式WEBマガジン
運営 / 越後妻有の舞台裏から
16 July 2023
2006年7月。
越後妻有の峠集落に「脱皮する家」が完成しました。家という誰もがなじみ深い言葉に、”脱皮”という生物的な言葉がついた一見不可解なこの家。実は、ジェームズ・タレルの「光の館」や、マリーナ・アブラモビッチの「夢の家」と同じく、泊まれるアートのひとつでもあります。完成から20年が経とうとする脱皮する家。今も宿泊客が後を絶たずに訪れるその魅力をご紹介します。
脱皮する家の近くには、日本一の棚田と言われる星峠の棚田があり、そこに向かう道中に「脱皮する家」と小さく看板がでています。この奇妙な看板が気になって星峠の棚田を見に来た方が、脱皮する家を訪れることがあります。外観はこの地域でよく見かける古民家ですが、興味本位で足を踏み入れたお客さんがスタッフの話に耳を傾け、気がつけば1時間以上滞在していた、なんていうということが起きたりします。
星峠の棚田
脱皮する家は、いわゆる現代アートの作品です。現代アートというと難解で分かりづらく、どのように理解していいか分からないという方もいらっしゃるでしょう。しかし脱皮する家は、現代アートを考えることだけでなく、空間を五感で体感することでもあると教えてくれます。それこそが、現代アートを見に来たわけではない人々の興味関心を呼び起こす力となっています。
いったい、どういうことなのでしょうか?
それは、この家がまさしく”脱皮”しているからにほかなりません。
Photo Kawase Kazue
脱皮する家が生まれるお話をしましょう。
まずは、2004年の春まで時間を遡ります。
物語は、鞍掛純一率いる日本大学藝術学部彫刻コース有志が「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2006」に参加することから始まります。40ほどのプランが出尽くしたなか、彼らは”彫る”という原点に立ち返り、「脱皮する家」構想を固めていきます。人々が快適に生活を営むため、地域の風土、風習、生業などさまざまな要素を受け入れてきた家。時代の流れによってその機能を失いつつある家の表面を”彫る”という行為によって再生させる。それが脱皮する家のコンセプトでした。ただし、まだこの時点では、どの家を彫るかは確定していません。
『脱皮する家の本』より
2004年夏。
「脱皮する家を制作する空き家が決まった」
その連絡が彫刻コースに入り、さっそく現地視察に向かいます。
ただし、彫刻コースのなかで構想が膨らんでいた古民家の空き家と、峠集落にある実際の空き家の差に驚いたそうです。
彼ら彼女らが想像していた空き家は、古民家の趣があり茅葺で囲炉裏があって…。しかし、実際に目にしたものは築およそ150年、豪雪のなかを生活するためにトタンや波板で継ぎ接ぎされた壁や屋根、そして屋内に眠る2トントラック10台分にも及ぶ生活品でした。
2005年春夏。
秋から実際の制作に入るために、彼らは空き家の清掃と解体から始めました。これまでの改築の積み重ねにより、小屋組みでさえまだ誰も見たことがないという状態で作業が進んでいきます。築150年の間、たまりにたまった煤で作業が困難になりつつも、彫刻コースのメンバーは黙々と目の前の作業を進めていきます。小屋組みだけにするため、壁も床も水回りもすべて解体し、清掃を行いました。
2005年7月末。
清掃を終え、小屋組みが見えてきたところで、いよいよ室内を彫る(=脱皮)作業が始まります。効率良く作業するために、足場を組み、屋根裏から彫り始め、彫る向きは右上がりというルールを決めて、淡々と彫り進めていきました(ここでも煤との格闘は続きます)。
梁材にはこの土地で調達された木材を多く使用していたためか、さまざまな木材が使用され、硬いものから柔らかいもの、表面が平らなものから木肌そのままのものまであり、幾度も彫る作業の手を止めて対策を考える必要があったそうです。
館内では当時の記録映像を観ることができます
2005年10月。
家の土台が古い在来工法で作られていたため、全面的に現在の手法で基礎を作り直すこととなります。50cmほどジャッキで家を持ち上げて、鉄筋コンクリートで基礎を作りました。
2005年11月。
本格的に降り出す雪に備え、彫る作業とあわせて急ピッチで外壁工事を行います。大雪になれば、一晩で1mもの積雪がある越後妻有。その中でもここ峠集落は特に積雪が多く、壁がなければすべては雪の中へ。
『脱皮する家の本』より
2006年2月。
この時期は大学が休みのため、制作期間中もっとも多くのメンバーが作業に赴いたそうです。この時期にはキッチンやトイレなど住居機能もでき始め、新しい居住空間ができる一方で、作品が展示される空間も同じ家の中でつくらなければならない。それらが混同しないように現場ではさまざまな工夫が施されました。
2006年3月。
いよいよ、彫り作業も屋内の壁に入っていきます。もともとあった壁は漆喰を塗り、新しく入れた壁はベンガラと柿渋で塗る。そして、乾いたそばから彫られていき、乾いたばかりの塗装面は、彫られることでほとんどが消えていく。そんな作業が続きます。
制作に使用された鑿(ノミ)
2006年5月。
1階の梁や柱も彫り出します。この時期には完全に足場も取り外され、水回りの壁の塗装も行われました。あわせて、屋根や新しい外壁の工事も終わりかけていましたが、新しい外壁がもともとあった外壁と色や風合いの調子があわず、1日で外壁塗装を完成させるという荒業もやってのけました。本作品を先導していた鞍掛純一専任講師(現教授)は、この時期のことを「アーティストのお百姓」と振り返っています。
2006年7月。
ついに最終工程を迎え、床面の彫りに入ります。右上がりで彫る工程は守りつつ、床の中央1点に向かい集まるように、また人が歩く面なので、丁寧に掘り進めていきます。
そしてすべての面を彫り終えたのは、芸術祭開幕日の朝でした。
『脱皮する家の本』より
脱皮したちゃぶ台も右上がり(Photo Ishizuka Gentaro)
企画構想から制作、完成まで約2年半、延べ3000人、160日以上の滞在を経て、「脱皮する家」は誕生しました。屋内に入ると鮮明に現れる圧倒的な手仕事の熱量。それには、多くの人を感動させる純粋な説得力があります。また、ひとの手による有機的な彫り跡は、時に動物の毛並みのようにも思わせ、「脱皮」という言葉を立ち上がらせる力が宿っています。
この地には作品の魅力のほかにも、里山を通りぬける風、日本一の棚田、夜にはどこまでも続く天の川、そして早朝に立ち現れる雲海、どれもが人々を惹きつける魔法となり、ここに足を運ばせます。
脱皮した木面を、山々を縫う快い風を、雲海のなかの水の粒子を、あなたの肌で確かめに来てみませんか? 脱皮する家での一晩は、世界中探してもここでしか体験できない一晩になることでしょう。
基本情報
鞍掛純一+日本大学藝術学部彫刻コース有志「脱皮する家」
バス、キッチン、トイレも完備。1 階 1 室と居間スペース、2階1室の空間に8名様まで宿泊いただけます。自炊もOK。ご家族やご友人同士はもちろん、企業や学生さんの研修合宿などにも最適です。圧倒的なアート空間と力強い民家の佇まい、静かな夜、澄んだ空気の朝、美しい棚田、農村に流れる時間のなか、グループや家族で、一晩水入らずの贅沢な時間をお過ごしください。
[公開]2023/7/29(土)-8/27(日)の土日祝(※春と秋は宿泊者限定公開)
[宿泊]2023/4/29(土)-11/4(土)の土日祝の前日
[料金]宿泊料:施設利用料22,000円+ 大人3,300円、小学生1,650円、幼児1,100円
見学料:一般300円、小中150円、または「2023年の越後妻有」共通チケット ※すべて税込
[住所]新潟県十日町市峠776
書籍情報
『脱皮する家の本』
鞍掛純一+日本大学藝術学部彫刻コースの皆さんが、2006年に制作した「脱皮する家」。松代エリアの棚田が美しい「星峠」にある空き家を丸ごと一軒、彫刻刀で彫って作られた作品です。その制作過程を一冊の本にまとめた、一般書店では販売されていない限定本です。
言語:日本語
判型:A5判
頁数:98ページ
発行所:日本大学藝術学部
発行日:2007/2/20
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