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Thursday, December 2, 2021

『ことばの「省略」とは何か』尹盛煕著(大修館書店) 2750円 - 読売新聞

 「スマホはスマートフォンの省略」「省略の多い文章」などとよく言われます。では、その省略とはどういうことで、どのように行われているのか。そう問われたら、あまりにつかみ所がなくて途方に暮れそうです。

 「私はうどんが好きだ」という文には省略がないようですが、カレーやすしが好きであることは省かれています。でも、何が省かれているかなんて他人には分かりません。そんな「見えないことば」は論じられないはずです。

 ところが、著者は「省略」という透明人間にペンキをぶっかけて、その姿をはっきりさせていきます。選んだ手法は、同じ内容に基づく長い文と短い文とを比べることでした。

 たとえば、新聞記事の本文とその見出し。あるいは、海外ドラマの吹き替えのせりふと字幕。両者を比べ、短い文ではどのような省略が工夫されているかを調べることで、省略の方法が分かるのです。鮮やかな研究手法です。

 ある海外ドラマでは、男性が恋人に結婚を申し込む場面でこんな字幕が出ます。〈ぼくの妻に〉。もちろん「妻になってくれ」の述語「なってくれ」を省略したのです。大事な述語を省くのは不思議ですが、意味的な重みは「妻に」にあり、述語の「なる」は形式的です。日本語では「~を」「~に」を言えば述語が予想できるので、多く省略されるんですね。

 一方、韓国語では、この字幕が〈ぼくと結婚してくれますか〉に相当する表現になり、省略が起こりません。韓国語では、述語よりも助詞(日本語の「が」「を」などに相当)を省いて文を短くする傾向があるようです。

 ことばの省略に方法なんかないと、私は漠然と思っていました。でも、そこには決まった方法があり、それは言語によっても違っていました。普段は見えない、気づかない省略の姿を、著者は身近な例とユーモアのある文章ではっきりと示してくれました。

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