坂本龍一の2020年の活動をまとめたアートボックス『2020S』の制作・販売が決定した。2020年の『Ryuichi Sakamoto 2019』につづく、豪華アートボックスの第2弾である。このボックスには、坂本が2020年に制作・発表した楽曲を計7枚のアナログレコードに収録。さらに、今作のテーマの1つである「記憶の断片」をもとに書き下ろした新曲も収録され、楽曲で使用された陶器の断片も合わせて同封されるという。この連載では豪華アートボックスが完成するまでの制作過程に密着。インタビューやレポートを通じて、関係者の想いを紐解いてゆく。
『2020S』は2021年3月、300点のみの完全限定生産で発売を予定している。
記憶の旅
2020年10月25日。再びNYにて。
9月末に絵付けをした陶器のお皿が、佐賀県より再びNYに戻ってきた。いよいよ楽曲制作のための音を採取する工程へ進むことになる。
この日の坂本は、午前より『2020S』の制作に向けて活動しており、午後から陶器を割る準備に入った。
坂本は前回絵付けを行った場所でもある中庭にて、陶器の皿を一枚一枚落としてゆく。無心のまま、割れた音に耳を傾けた。陶器は非常に丈夫な作りで、割れる音は辺り一体にまで響き渡っていたそうだ。
「お皿は予想していたよりもはるかに大きく、がっしりした音がするので、隣近所から怒鳴られるのではないかとビクビクしながら割りました。お皿自体も固くしっかりとしていて、かなりの高さから尖ったものに落とさないと、なかなか割れなかったです。NYへ2往復もすることを考えて、かなりしっかり作ってくださったんだと思いました」
本焼き後の陶器の皿
陶器の皿を制作した陶芸家・岡晋吾も、「輸送することを考えて厚みを調整した」と先日のインタビューで答えていた。実際に、NYに届いた皿はほとんど欠けておらず、絵付けをした時と同じ形状のままだった。ずっしりとした皿は、バリンと大きな音を立てて次々と割れてゆく。
「何十枚と続けて割り続けていたところ、とうとう周りの家から“ヤメロ!”というような怒声が上がったので、庭で割るのを中止して、スタジオ内に移動しました」
試行錯誤しながら皿を割る坂本
室内へ移動した坂本は、床一面にビニールシートを広げ、再びお皿を一枚ずつ落とし始めた。室内に留まるダイレクトな破壊音に身体をこわばらせるも、しばらくするとスムーズな手つきで割るようになった。皿は一枚、また一枚と地面に落ちるたびに、耳から脳を一直線に突き刺すような甲高い音を鳴らす。
「お皿が割れる音はとても大きく、暴力的な音がして、ぼくは“怖い”と感じました」
しばらくして、坂本はトンカチやペンチを用いて皿を割り始めると、うんうんと頷いた。力が加わることで音に密度が増し、陶器ならではの艶のある音が顔を覗かせる。破片たちが重なり合う上に、また新しい陶片が落ちるたび、陶片同士が触れ合い、繊細な音色を響かせた。
「割れた破片はとても良い音がするので、ART BOXに梱包する分を除いて、音楽用にいくつか取り分けておきました。アシスタントのアレックに頼んで穴を開けてもらい、簡易な楽器も作ってみたのですが、やはり良い音がします」
坂本が制作した“簡易な楽器”
坂本が『2020S』に寄せたコメントには、「壊すことから始まる」という一文があった。陶器の皿を破壊することで新しい音楽が生まれるとすれば、まさにこの一文を表現した作品が生まれるのではないだろうか。期待の意を込めて尋ねてみたが、坂本が理想とする「壊すことから始まる」には、まだまだ及ばないとのことだ。
「“壊すこと”を音楽だとすれば、土や焼き方など、そもそもの陶器づくりから始めないとだめかな。それはすでに分かっていたことで、自分の理想の音のする土を求めて世界中を歩いて回れれば……などと夢想していたこともあります。いつか実現するだろうか……」
足元に散らばる陶器の破片
坂本の音楽への探求は、終わりのない旅のようなものである。人が無意識にイメージを固めた“音楽”という枠から離れ、坂本は道なき道を歩み続ける。世の中にさまざまな音が存在する限り、導き出される答えの数も無限大だ。そこに正解もなければ、不正解もない。
「ぼくの音楽は、テーマはないことがほとんどです。音を発見したり、音自体を遊ぶという風に作っている。作りたい音を作家の意思でがんじがらめにするようなことは、もうやめたい」
地面に重なる陶片と傍らに佇む坂本
これから陶片は再び日本へ送られ、「陶器のオブジェ」として、アナログ盤とともに木箱に同封される。この陶器の欠片は、これから坂本が生み出す音楽の一部となり、“ひとつの新しい音楽が生まれた”という記憶の象徴となる。そして、2020年という特殊な環境下に生きる坂本の記憶の象徴でもあり、我々は陶器の欠片(ルビ:かけら)を経由して、その記憶を共有することができる。「陶器のオブジェ」は、同じ2020年を生きる人々を繋ぐ記憶の欠片となるのだ。
からの記事と詳細 ( 坂本龍一はなぜ陶器を破壊したのか──『Ryuichi Sakamoto | Art Box Project 2020』制作リポートVol.02 - GQ JAPAN )
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