
「コロナ禍で存在が否定されるような危うさを感じた――」。感染予防のために「非接触」の行動様式が広がり、自らも全盲の国立民族学博物館(大阪府吹田市)の広瀬浩二郎准教授は、そんな危機感を抱いたという。今年9~11月に開かれた同博物館の特別展「ユニバーサル・ミュージアム さわる!“触”の大博覧会」で、広瀬准教授が伝えたかったメッセージとは何か。読売新聞オンラインの「デジタル美術館」で紹介する。
Q)国立民族学博物館での約20年間の仕事で、手応えは感じていますか
A)私は2001年に着任しました。日本博物館協会が「人に優しい博物館づくり」ということを提唱し始めた時期で、外国人への多言語対応、障害者対応、子ども対応を充実させようと取り組み始めました。なぜそのような動きになったかというと、来館者が減っている中で、どうやって増やすかという考えでした。「これまで来れなかった人を集めよう」という単純な発想だったんです。
私の着任はそのタイミングでした。もちろん研究が第一の業務ですが、せっかく博物館に就職したわけですから、障害者が気軽に博物館に来られるようにしたいと思いました。世界的にも博物館で働く視覚障害者は珍しいです。考えてみれば博物館や美術館は「見る場所」ですから、目の見えない人がいないのも当然ですね。幸か不幸か、珍しい立場で仕事をすることになり、最初はパンフレットの点字版を作ったり、広報誌の音訳版を作ったりしました。それが「人に優しい博物館づくり」に通じることから、職場でも好意的に受け入れられたわけです。
Q)民博には作品を触れる常設展示があります
A)当初、「触る」をテーマにした企画展を構想した時に、バリアフリー的な発想で、視覚障害者にも来てほしいと考えました。そのうちにふと思ったのは、盲学校などから「触れる」資料を集めて展示すれば、視覚障害者は来るけど、見える人は果たして来てくれるだろうか、と。博物館のお客さんの99%は見える人なので、そういう人たちにも楽しんでもらう趣旨でないと、逆差別になるのではないか、と考えました。そこで目の見える人にとっての触ることの意味を考え始めました。一般的に、見える人というのは視覚に頼り切っていて、「触ること」を軽視している。そこで私の役割は、「触ること」の豊かさを見える人にも伝えることではないかという結論に思い至りました。そこで2012年に、対象を視覚障害者に限定せず、すべての人に開かれた触れる常設展示を始めました。
Q)常設展示を始めてから10年目ですね
A)はい。今でも17点展示されていますが、展示品の刷新が課題ですね。視覚障害者も1、2回来て見れば飽きてしまうわけです。「いつ展示品を変えるのか」と言われてしまいますが、本格的に変えようとすると、予算が付きにくいんです。ようやく来年3月にマイナーチェンジをすることになりました。
Q)今秋の特別展「ユニバーサル・ミュージアム」ですが、反応はいかがでしたか
A)2017年から準備をしていたので、開催できてホッとしています。来場者アンケートには300通くらい反応がありました。正直なところ、「けしからん」とお叱りを受けるだろうと思っていました。コロナ禍で「非接触」が強調されている時期に、あえて、「触る展示」をするということですからね。「国立博物館がこの時期に触れる展示をしていいのか」という苦情を覚悟していました。もちろん感染対策はきちんとしているという自信はありました。意外なことに、アンケートでのお叱りはわずか2、3通でした。会場を暗くしていることについても批判があるかなと思っていました。触覚に集中するという意味で、視覚を制限するわけですが、「暗くて文字が読めない」という批判がありえると思っていました。しかしこれも、お叱りは少なかったです。アンケートを書かずに怒って出ていったかも知れませんが、アンケートだけみる限り、かなり好評でした。「よくぞこの時期にやってくれた」「触ることの大切さを再認識できた」というコメントが目に付きました。まさに企画の狙っていたところでした。あえてコロナにぶつけたわけではないですが、逆風だと考えていたコロナ禍は、結果的に「触る価値」を際立たせ、展示の趣旨をクリアにする効果がありました。
Q)特別展運営に困難はありませんでしたか
A)「コロナ禍で果たして人が来てくれるのか」という問いに、誰も答えられないまま、9月に開幕しました。開幕直後の9月は我慢の1か月でした。学校などの団体も来ませんでした。遠くに住む友人知人も「様子を見る」という理由で来ませんでした。「せっかく良い展示ができたのに」という複雑な思いでした。体験型講座(ワークショップ)も企画していましたが、対面型の関連イベントは全部中止になりました。私自身が展示物を触りながら来場者を案内することも考えていましたが、これも9~10月は中止になりました。ようやく10月後半ぐらいからお客さんが増えてきたという手応えが出始め、11月にようやく、人数制限をしながら対面型イベントを実施でき、大勢が訪れてくれるようになりました。
Q)特別展の成果について、どのように考えていますか
A)期間中の来館者の数は、2万7000~2万8000人ぐらいだったようです。最近、博物館は「冬の時代」とも言われており、コロナと関係なく、来館者が伸びない状況が続いています。そんな中でこの数字は、上出来だと思います。色々な人が来てくれました。思った以上に子どもが多かったです。多くの大人は、常識に縛られてしまって「本当に触っていいの?」と、作品に触れることに対し及び腰でしたが、子どもは作品を積極的に触って無邪気に楽しんでいる様子がみられました。子どもの様子をみて、ようやく大人も触り出すという感じです。作品に触ることで社会が変わるということではないですが、非接触が強調される時代に、「それでも触ることは大事だよね」ということを共感できたのはよかったです。
Q)健常者に対して、何に気づいてほしかったのでしょうか
A)私の言葉で言うと、鑑賞態度を「見るモード」から「触るモード」に転換して、楽しんでほしいということです。早く「触るモード」に転換して楽しんでもらいたかった。中には切り替えがうまくいかない人もいます。そういう人は焦らず、来場している視覚障害の人が鑑賞する様子を見てほしいと思いました。「見えない人はこうやって楽しんでいるんだ」「あのように触ると作品が分かるんだ」ということに気づいてほしかったです。視覚障害者に水先案内人となってもらうわけです。「触るって楽しいな」と感じ、体験してもらうことが第一です。
からの記事と詳細 ( コロナ禍で「触る展示」…その価値は何か~全盲の博物館准教授、広瀬浩二郎氏インタビュー~ - 読売新聞 )
https://ift.tt/3q6PM33
No comments:
Post a Comment