更新日:2021年6月11日(初回投稿)
著者:東京理科大学 元教授 有限会社エトス経営研究所 代表取締役 宮永 博史
前回は、ビジネスモデルについて述べました。現状の苦境を乗り切るための処方箋として、新しいビジネスモデルを創造するという言葉が一種のブームのようになっています。しかし、意外とその本質が共有されずに議論されているケースが多いようです。同じ言葉を使いながら、その定義が曖昧なため、実は会話が成り立っていないのです。人によって、それぞれ考えるレイヤーが違っていたりするのはまだいい方で、定義すら決めずにビジネスモデルという言葉を振り回しているケースも散見します。DX(Digital Transformation)という言葉も、そうしたバズワードの代表例といえます。今回は、いいDXとは何かについて解説します。
1. いいDXとは
DX(Digital Transformation)は、ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させるという概念です。会社のトップが、外でこのDXというバズワードを仕入れて社内に持ち込んだものの、現場に降りて行くいずれの階層でもきちんとした定義や議論がされないため、社員が右往左往してしまう姿が見られます。挙げくの果てに、外部の調査会社やコンサルティング会社に丸投げすることになります。しかし、依頼する側にしっかりした問いがなければ、委託した会社がどれだけ優秀であっても、いい答えを提供するわけにはいきません。技術経営とは、このように実際のビジネス現場で起こる問題を取り上げて、解決方法を提供する学問といえます。一般的に、DXの目的は次の3つのいずれかになります。
1:生産性向上
2:付加価値向上
3:ビジネスモデル転換
まず、この目的を社内で共有することが重要です。というのも、各自が勝手に目的を作ってしまいがちなためです。3つの目的の中で、最も取り組みやすく成果が出やすいのは1:生産性向上です。2:付加価値向上は、製品やサービスの付加価値を向上する、つまり社外のお客様にとっての価値をデジタル技術によって実現することです。売れるかどうかは、1:生産性向上に比べて不確実です。最もDXらしいのは、3:ビジネスモデル転換でしょう。3のビジネスモデル転換は、1や2と違い、D(Digital)とX(Transformation)は同等か、場合によってはXが主となります。デジタルという手段の変化を見つつ、ビジネスモデル転換を主体に考えるわけです。順番が「D→X」ではなく、「X→D」となるのが、1や2と違う点です。次に、DXの基本プロセスについて整理してみましょう。
a:デジタイゼーション (フィジカル → デジタル)
b:デジタライゼーション (モデリング)
c:リアライゼーション (デジタル → フィジカル)
DXでは、この3つの基本プロセスを実行していくことになります。電気系の技術者であれば、a:デジタイゼーションはA/D変換、b:デジタライゼーションはCPUでの情報処理、c:リアライゼーションはD/A変換、というアナロジーになります。
以下に、いいDXとは何かという今回のテーマに対するシンプルな答えを、図1に示しました。肝となるのは、獲得したデータから「自分だけしか気付かない法則」を発見すること、そして、その独自法則を現場に適用することです。
図1:いいDXとは
2. 回転寿司チェーン店の廃棄ロス問題を解決する
それでは、いいDXを具体的に実現する例として「回転寿司スシロー」を見てみましょう。スシローは、客にできる限り新鮮な寿司を食べてもらうために、レーンに出してから決められた時間(距離)内に取られなかった皿は自動廃棄されます。これは、客にとってはいい仕組みでも、廃棄ロスが出るので経営的には痛手です。そこで、鮮度の高い寿司を提供するという良い点は保ちつつ、廃棄率を減らすことを考えました。目的は1:生産性向上となります。DXの基本プロセスに沿って考えると、スシローのケースは次のように考えられます。
a´:デジタイゼーション (どのようなデータを収集するか)
b´:デジタライゼーション (取集したデータから、どのようなモデルを作るか)
c´:リアライゼーション (作成したモデルを現場にどう落とし込んで、目的を達成するか)
肝心なのは、どのようなモデルを作るかにあります。
3. モデリング力
DXの肝は、独自法則の発見であると前項で述べました。この法則をモデル化し、現場に戻し、新たなデータをモデルに入力して目的を達成する、というプロセスとなります。肝はモデリングにあるのです。スシローが作成したモデルは、食欲パワーモデルというものでした(図2)。来店した客が席に着いてからの時間とともに、取った皿の数と食べた寿司ネタのデータを収集したモデルです。このモデルは、直感的にも極めて分かりやすいものです。席に着いた直後は、腹が減っていることもあって一気に注文します。ところが、時間の経過とともに腹も満たされ、注文のスピードも落ちてきます。さらに、客がどのようなネタを注文するかは、店によっても季節によっても変わるので、店ごと・季節ごとにモデルを作る必要があります。
図2:スシローの食欲パワーモデル(参考:田中覚、外食産業におけるセンサデータ活用術、噛子情報通信学会誌Vol.99、No.2、2016)
では、このモデルをどのように現場に落とし込めばよいでしょうか。スシローの調理場には、レーンごとの食欲パワーが3色で表示されます。スタッフはその表示に従って、食欲パワーレベルが高い(着席直後の客が多い)レーンに、優先的に寿司を出していきます。どのようなネタを出すかという指示も、過去のデータを蓄積した食欲パワーモデルに内在しているのです。スシローは、この方法によって廃棄率をわずか1.5%にまで減らしているというから驚きです。
4. 売り切りからプラットフォームモデルへ
続きは、保管用PDFに掲載中。ぜひ、下記よりダウンロードして、ご覧ください。
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