
立花さんも多くの学生と同様、学生運動に加わりましたが、在学中に友人と2人で欧州を旅した体験がきっかけとなり、次第に距離を取るようになったと言います。
立花さんたちは1960年にイギリスで開かれた世界の学生による核軍縮の国際会議に合わせてヨーロッパ各国を巡る旅行の計画を立てます。そのために前年に広島で開催された「原水爆禁止世界大会」に出向き、各国の代表に直接この旅行についての次のような英文の「趣意書」を手渡します。
「われわれは原爆の悲惨さを伝え、核兵器の禁止を訴えるために、ヒロシマ、ナガサキの惨状を記録した写真、映画などを持って貴国を訪問したい」(『立花隆のすべて』文藝春秋編より)
行動力が実を結び、いくつかの国から受け入れを許可する返事をもらった立花さんたちは国内の反核運動関係者などから渡航費のカンパを募って半年間に及ぶ欧州旅行を実現させました。
参加した国際会議では国籍の異なる若者どうしが核軍縮と平和をテーマに建設的な議論を重ねていく姿を目の当たりにし、日本の政治主義的な平和運動とは異なる強い意志を持った個人による運動に触れ、大きなカルチャーショックを受けたと振り返っています。
世界の若者と同じ目線で交わった経験が、後のジャーナリストとしての探究心に広い視野を与えました。
「この旅行をしていた半年間は、人生で最大の勉強をしていたんだと思います。
(中略)
安保反対のデモで走りまわるよりも大事なやるべきこと、なすべきことが、自分個人の問題としても、日本社会の問題としても、山のようにあるということに気がついたということです」(『知の旅は終わらない』より)
からの記事と詳細 ( “知の巨人” 立花隆さん 問い続けた「人間とは何か」 - NHK NEWS WEB )
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