
インタビューの際、佐藤さんが抱えてきたのは、1辺が2メートルもある巨大な展示用プリント。「米倉さんに見せるなら、これを」と、エプソンの人に言われたらしい。それはたぶん、これまでに見せられたプリントのサイズのレコードだと思う。 佐藤さんは山岳雑誌「山と溪谷」でも活躍している写真家で、当然のことながら、「かなり登れる人」だ。厳冬期はもちろん、海外遠征もこなせるだけの体力と登山テクニックを持ち合わせている。 そんな佐藤さんが長年、撮影に打ち込んできたのは富士山。しかし、厳しさを感じさせるような写真はほとんどない。「こんなところまで登って撮りました」的な、ひけらかすような感じもまったくない。かといって、清々しさを感じさせる写真とも違う。勝手なイメージだけれど、修行僧がその場所で立ち止まり、目にしたような光景が写しとられている。 興味を引かれたのは富士山の美しさではなく、その内面だった 佐藤さんは大学卒業後、写真スタジオに勤め、化粧品からアイドルまで(どちらもクライアントの要求は非常に厳しい)、さまざまなジャンルの撮影をこなしてきた。 一方、仕事の写真とは別に、自分のアイデンティティーを表現するような作品をつくりたいと、この業界に足を踏み入れたころからずっと思っていた。その思いが向けられたのが山だった。 山は幼いころから身近な存在だった。福島県伊達市にある実家の窓からは安達太良山が見えた。 「無意識のうちに山を見る、という感覚が昔からありました。今日はガスがかかっているなとか、雪が積もったら冬がきたな、とか」 大学進学を機に上京すると、住み始めた世田谷からは富士山が望めた。「ふるさとの山というか、山の存在がリンクした」。 しかし、佐藤さんが興味を引かれたのは富士山の美しさ、ではなく、その内面だった。 「日本の象徴でもある、あの円錐形の盛り上がりの中に何が存在するのか。それを理解していない感じがして、富士山は近くにあるのに、遠い存在のような気がしていました」 富士山がまとった固定概念のようなイメージ。しかし、「それが本当の富士山の姿なのだろうか?」「もっと奥に深いものが眠っている可能性があるんじゃないか」と、感じていた。 探し求めていたものは、自分自身の中に存在した 富士山を撮り始めたのは12年前。「でも、そこからが長かったんです」。 「何かを見つけるために」登った回数は200回以上にもなる。もう、撮影というより、修行のようだ。「最初の3年間はとにかく、上がりましたね」。 ところが、「カメラを持って登っても、まるで何も見えてこない。ただ、岩がある。本当に何もない、というのが富士山の感想でした」。 なぜ、見えてこないのか? それについては「かなり戦った気がする」と言う。 悩んだ末に、こう思った。「遠く離れた山に登って、そこから富士山を(心の中で)望めば、何かが見えてくるかもしれない」。向かった先は、南米大陸の最高峰、アコンカグアだった。 「単純に、地球の裏側まで行けば何か見つかるんじゃないかと、思ったんです」 で、結果はというと、「(アコンカグアも)見るからに何もなくって」(笑)。 そこでなんとなく、気づいたのは、「探し求めているものは、向こう側、すなわち対象にあるのではなくて、自分自身の中に存在しているんだろうな」、ということだった。 「見つめれば何かが出てくるというよりは、ぼくが心の中で何をとらえたいかによって、写したい存在そのものが変わってくるんじゃないかと」
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